お仕事

私の仕事のひとつに、人が子供を産んで育てる手続きを行うというものがある。
最近思うのは、使う言葉とかたちを押し付けていないだろうかということ。

旦那、嫁、なんとなく使うのが憚られる。ここ数年。それは自分が使いたくないと思っている。と同時に、相手の主義がわからないから抵触しないものを使いたいという気持ちがある。ニュートラルになりたい。だから「配偶者」を使うけれど、単語が長えなと面倒になる時もある。そんな時は「あぁ……使ってしまった……」と思うので、やはり使いたくない。続柄として正しいはずの「妻」「夫」が大げさに聞こえるのはどうしてだ。
産休育休を考えることは自分の働き方を考えることだと思っている。休業期間をどう決めるのか、復帰後どう働くのか、自分で考えるのはもちろんだけど、一人で抱え込んでしまうのもどうか……と思って「ご家族や課室長とも相談した上で決定してください」と言ってきたけれど、最近「ご家族」ってなんだろうなと思うし、一人で抱え込むのが本当に悪いのか、一人で考えたい人にそれはどうなのか、やむにやまれず一人でしか考えられない人だっているかもしれない、とも考え始めたらぐるぐるときりがなくて疲れた。「配偶者や課室長とも相談〜」と言わなかったことだけは進歩だ。まだ担当してはいないが、これから担当する人に配偶者がいるとは限らない。
余談だけど、家族で名前が違うのを何故、と言われる現状はやっぱりしんどい。戸籍制度しんどい。姓を変えることを愛の証みたいに捉える人までいるのはしんどい。そんな奴隷みたいな愛はいらない、と思うけどそれは私の考えでしかない。

自分の主義や思想を思えばこそ、せめて自分が嫌なことはしたくない。んだけど、「通例」「慣例」は便利だから飲み込まれてしまう。ちょっとしんどい。
せめて、今は思い込みを捨てたい。